2011年11月16日水曜日

原発事故後の除染対策が難航─放射性物質拡散の懸念も 2011年 11月 1日 18:31 JST

【福島県郡山市】福島第1原子力発電所の事故から8カ月近く経つが、依然として除染対策は難航している。混乱ぶりは、健康リスクに対する懸念や政府に対する不信感を強めている。
Hisashi Murayama for The Wall Street Journal
郡山市立郡山第一中学校付近の歩道を除染するボランティア(10月上旬)
除染にかかる経費は1兆1000億円を超えるとみられるが、具体策はあまり出ていない。ようやく通過した放射性物質汚染対処特別措置法が施行されるのは、来年1月だ。福島県内の各都市では校庭や公園の汚染された表土を削り取っているが、汚染物の処分場の設置場所は未定だ。住民の一部は、農地から放射性セシウムを吸収するとされたヒマワリを植えたが、効果はなかった。
福島第1原発から約60キロ離れた郡山市(人口33万2500人)では、地元のボランティアが放射線測定値の高い歩道を定期的に洗浄している。しかし、この作業によって、下水システムの汚染が拡大する可能性がある。
福島県内で造園業を経営する西牧拓人さん(48)は、「みんな手探り状態だ」と言う。西牧さんは汚染された芝生の除去依頼を受け、放射能取り扱い主任者の資格が必要かと労働基準監督署に問い合わせた。労働基準監督署では文部科学省に問い合わせるよう指示され、文科省から環境省に回され、環境省から再度文科省に差し戻されたという。困った西牧さんが県会議員に相談したところ、免許は必要ないことが判明した。
政府が確固とした除染計画を打ち出せずにいることは、日本の重要な欠点を露呈している。政府による意志決定の弱さだ。3月11日の大震災と津波以来、明確なリーダーシップの欠如と官僚の縦割り組織により、政府の対応が遅れ、説明責任が薄れている。
福島第1原発で津波による停電のため冷却装置が停止した直後の極めて重要な数日間、政府と東京電力は被害の拡大を抑制する責任者が誰かをめぐって議論していた。放射線レベルが高いとの情報にもかかわらず、放射性物質が局所的に多く蓄積しているいわゆる「ホットスポット」の住民への避難勧告が遅れた。また、当局者らは一部の専門家の要請にもかかわらず、甲状腺がんの予防に役立つ安定ヨウ素剤も配布しなかった。さらに、福島第1原発周辺で生産された食肉や野菜が安全だと主張したが、放射線に関する十分なテストは実施されていなかった。
放射能汚染が環境へ与える長期的な影響の度合いは、1つにはいかに効果的に除染作業を行うかにかかっている。対処に時間がかかればかかるほど、放射性物質が風や雨を通して水や食品に流れ込む可能性が拡大する。放射性セシウムはほぼなくなるまで約300年もかかるとされ、土と結合し、水の中の沈泥によって運ばれる傾向がある。10月上旬に、福島第1原発から約200キロ離れた地域で、福島県外では最高の放射線レベルが観測され、汚染の度合いをめぐる新たな懸念が生じた。

農地への影響:放射性セシウムのレベル
低水準の汚染の健康への影響が不透明なために、除染の問題がますます複雑になっている。どの程度の汚染が絶対的な健康リスクになるかについて、科学的に明確な答えは出ていない。原子爆弾に由来するような高い放射線レベルは明らかに危険で、命にさえかかわってくる。しかし、それより低い水準の汚染がもたらす、何年もかかって現れるような影響についてははっきりしない部分もあり、どの程度の除染が必要かが議論されている。
地域任せの除染作業は放射線の一層の拡大につながりかねないと指摘する専門家もいる。福島県内の学校の多くは、校庭の汚染された表土を剥ぎ取り、校内に一時的に穴を掘ってビニールシートを敷き、その中に保管している。しかし、ミシガン大学のキンバリー・キアフォット教授(原子力工学・放射線医学・生体工学)は、ビニールは放射性物質の漏出に対し長期的に効果のある密閉方法ではないと指摘している。原子力汚染処理の米政府小委員会の委員を務める同教授は、放射性物質が地下水に流れ込んでたまれば、迅速に拡散する可能性があることから土壌の汚染以上に事態は深刻になる可能性があるとの見方を示している。
キアフォット教授は、「この種の浅い穴に埋める手法は米国では1960年代以来使用されていない」とし、「明らかに、これは良いアイデアではない」と語る。
来年1月に正式に除染の担当機関となる環境省の当局者らは、今後は同省が指揮をとっていくことが明確になるというが、課題も多いことを認める。同省の南川秀樹次官はインタビューで、「こんな経験もない」とし、福島県外の地域にも蓄積している汚泥を含むと、汚染区域は「圧倒的な広さだ」とした。また、「どうすれば除染が成功するのか、まだ明確なサインはないというのが現状だ」と述べた。
専門家によると、1986年に旧ソ連で起きたチェルノブイリ原発事故の場合、事故後25年間経っても周辺の森林でまだ放射性物質が検出されている。米ワシントン州ハンフォードの核施設では、586平方マイル(約1518平方キロメートル)の地域が40年にわたって汚染された。政府はその除染作業に約20年間で340億ドルを費やしている。地下の廃棄物貯蔵容器は不浸透性と考えられていたが、実際には放射性物質が漏れ出した。米エネルギー省によると、除染にはさらに50年かかり、追加コストは1150億ドルに及ぶ見通しだ。
人体の被ばく量はシーベルトという単位で測定される。
空気、大地、宇宙、食物からの自然放射線を人は
年間約2.4ミリシーベルト受けるとされている(世界平均、レントゲン撮影などを除く)。
日本政府によると、今回の原発事故以前は
日本では年間平均1.5ミリシーベルトとされていた。
日本政府が安全だとする上限の年間20ミリシーベルトは、
多くの科学者が明らかに健康リスクが発生すると指摘する水準の5分の1。
しかし、
年間20ミリシーベルトは国際放射線防護委員会(ICRP)が事故後、
長期的に上回るべきでないとするレンジの上限に相当する。
長期的には日本政府は追加被ばく量を
年間1ミリシーベルト以下に引き下げることを目指しているが、
専門家らはこの目標は一部地域では達成が困難な可能性があるとみている
環境省は9月に、
放射線量が年間5ミリシーベルト以上の地域の面的除染を支援すると示唆した。
地方自治体関係者が反発し、
政府は除染地域を放射線量が
1ミリシーベルト以上の地域(概算で約1万1660平方キロメートル)に拡大した。
政府当局者は、国内で広範に及ぶ原発事故への対応策はなく、
事故後の数カ月間は除染を包括的に担当する省庁はなかったという。
原子力安全・保安院には原子力に対する知識が集まっていたが、
管轄は原発の敷地内に限られていた。
環境省は、海外での核実験などを観測するための離島での
放射線レベルのモニタリングを行っていただけだ。
担当範囲は複数の省庁で細かく分かれていた
文部科学省は放射線レベルのモニタリングと学校への助言
農林水産省は農地の土壌のモニタリング
国土交通省は下水設備の汚泥の対処を担当した。
内閣府の原子力災害対策本部は、複数の省庁の取りまとめ役を担った。
しかし、
政府当局者らは包括的な除染計画の作成や、
放射性廃棄物の最終処理場の決定など、大きな決断は行わなかったという。
福島第1原発の事故から5カ月が経った8月、
国会は環境省を除染の責任機関とする法案を可決した。
同法案が施行されるのは来年1月だが、
放射線量の最も高い地域の除染計画はまだ決まっていない
地域ごとに異なる除染計画を承認するのも大変な作業だ。
被ばく線量が年間20ミリシーベルトを超える地域においては、
国が除染計画を打ち出す意向だが、
線量の低い地域では、市町村独自の計画を打ち出し、政府が支援する予定だ。
郡山市では4月、
市内の学校で年間20ミリシーベルトを超える放射線量を計測した。
政府はその時点では、放射線量の高い学校での屋外での活動時間を制限するとしていた。
しかし、線量を下げるにはどうすればよいのか、明確な指示は出していなかった
郡山市職員らは専門家に独自に問い合わせ、
放射性セシウムは土壌表面にたまる傾向があることから、
校内の土壌の表面を取り除けば、放射線レベルは下がる可能性があることがわかった。
30分間の実験を行ったところ、効果があったことから、
4月下旬に同市は学校での表土の削り取りを始めた。
文部科学省のスポーツ・青少年局学校健康教育課長の平下文康氏は、
郡山市の行動を止めることはなかったが、
当初は積極的にサポートするということでもなかった、と述べる。
しかしその後、同省は独自の実験を行い、
表土の削り取りが有効であることが分かったという。
政府は5月、この取り組みの費用を負担すると発表した。
福島県内の300以上の学校がこの方法を採用した。
文部科学省が調査した郡山市内の4つの地域のうち、
現在観測されている最も高い放射線レベルは、
2012年3月時点での積算線量の推計値9.8ミリシーベルトとなる
しかし、表土の削り取りで新たな問題も生じている。
汚染された表土をどう処理するかだ。
当時、この問題の担当省庁はなかった。
文科省は、削り取った表土を校内に埋めるのは1つの選択肢だと示している。
政府は、「中間貯蔵施設」を確保するまで、
各市町村に汚染された土壌や廃棄物を一時的に保管するよう提示した。
その間に、大きな論点のひとつである汚染物の最終処分場について協議する予定だ。
郡山市は当初、
市内の埋め立て処分場に削り取った土壌を埋める計画だったが、
地元住民の反対に遭い、断念した。
政府の決定を待つ間、同市は土を各学校の敷地内で保管するよう要請した。
郡山市立郡山第一中学校は、最初に表土を削り取った学校のひとつだ。
この学校では、削り取った土をしばらく校庭の隅に積み上げていたが、
その後、職員の駐車場に穴を掘り、土の上にもビニールシートをかぶせ、
更に新しい土とじゃりを敷いた。
原子力の専門家たちは、このやり方に懸念を示している。
効果的な除染を行うためには、
放射能汚染物質を迅速にかき集めて隔離する必要があり、
いくつもの廃棄所に移し変えるのはよくないという。
例えば、福島県の多くの学校では、
汚染された土が校庭の片隅に積み上げれているか、
敷地内に埋められており、どの程度の時間この状態が続くのかはっきりしていない。
専門家のなかには、
放射性セシウムがビニールシートから漏れた場合、
ネズミ、昆虫や雑草などの媒介によって再び土の表面に移動し、
新たなホットスポットが生じかねない、と指摘する向きもいる。
米ワシントン州ハンフォードでの除染作業に参加し、
現在はカリフォルニア州メンロパークの米エネルギー省研究所の首席安全管理者である
ジム・ターピニアン氏は、
その場しのぎの除染作業はリスクを伴うと指摘する。
同氏は、「状況を悪化させないためには、慎重な計画が必要だ」と語る
福島県内の広範な農地を除染するには、より大きな処理施設が必要となりそうだ。
放出された放射性物質の量が1キロ当たり5000ベクレルを超える土地では
コメの作付は行われていない。
農林水産省は現在、汚染された表土の除去が有効な可能性がある、としている。
しかし、
汚染された農地の表土を4センチ削り取っただけでも、
330万トンの汚染土壌が発生することになる
郡山市の住民の一部は、
一段の措置が必要だと感じている。
建築資材会社を経営する堀光俊さん(62)は、
娘と2人の孫が健康リスク懸念から5月に郡山を離れたと語る。
堀さんら約70人のボランティアは、
毎週日曜日に学校周辺の通りの除染に当たってきた。
掘さんはレインコートの上下とマスクを身につけ、
放射性セシウムが集まりやすい歩道の割れ目に高圧洗浄機を向けた。
他のボランティアが放射線レベルを測定すると、
値は1時間あたり1.5マイクロシーベルトだった。
0.2マイクロシーベルトまで引き下げるのが目標だという。
歩道から洗い落とされた放射性セシウムが、
市の下水システムに行き着く可能性はあるのかもしれないが、
この作業は市の除染マニュアルに従っていると堀さんは言う。
徒歩で通学する子供たちのために地域を安全にする手助けをしていると。
堀さんは
「出て行った人がもう一度郡山に戻ってきて、経済をもう一度活性化するようにしたい」と語った。


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