2012年1月5日木曜日

どうする人類、核のゴミ

1 英「ピーターラビットの古里」候補地に

 ◇最終処分場にすがり 炭鉱、鉄鋼……。この地を去った

 「ピーターラビット」の古里として知られる英イングランド北西部の湖沼地帯。日本人も含め、多くの観光客が訪れるその人気観光スポットが、今、余剰となったプルトニウムも含めた核廃棄物最終処分場の有力候補地となっている。
 誘致しているのは、湖沼地帯が属するカンブリア州、三つの湖沼があるコープランド郡、アラデル郡。両郡ともカンブリア州内の自治体だ。最も早い08年7月に誘致に名乗りを上げたコープランド郡の役場があるホワイトへブンを訪ねた。
 「プルトニウムも含め、英国の核廃棄物の7割は、ここから南10キロにあるセラフィールドにある。他の地区に処分場が決まった場合でも、必ず廃棄物は私たちの町を通る。当初から計画に参加して、情報収集を図るのは市民への務めだ」。誰もが嫌う処分場誘致に乗り出したいきさつを尋ねると、核廃棄物問題を担当するエレーネ・ウッドバンさんは、一気に話し出した。
 「情報収集」という言葉が気になり、質問を重ねると「化学工業、炭鉱、鉄鋼業。いずれもこの地を去った。一貫して雇用を増やしてきた原子力産業にも陰りがみられる」と、事情を語り始めた。
セラフィールド核複合施設の核燃料再処理施設。日本やドイツなどの使用済み核燃料の再処理などを手がける。21年に閉鎖予定だ
セラフィールド核複合施設の核燃料再処理施設。日本やドイツなどの使用済み核燃料の再処理などを手がける。21年に閉鎖予定だ
 50年代初頭から核兵器開発の拠点として開発が始まった英国最大の核複合施設セラフィールド。原発や核燃料再処理施設、日本向け中心のMOX燃料工場などが集積した。だが、核兵器開発施設などが役目を終え相次いで閉鎖。今年8月には、福島第1原発事故の影響で、MOX燃料工場の閉鎖も決まった。「直接雇用で1万2000人、間接雇用を入れれば3万人」という中心産業が、揺らぐ。
 その中で、建設開始から閉鎖まで100年以上もの間、500人の雇用が見込める処分場は魅力的に映る。セラフィールドで暮らすケイトさん(68)が「この土地は、原子力とともに生きるしかない」と語るように、直近の世論調査でも地元住民の6割が誘致を支持する。ウッドバンさんは、「処分場は安全が最優先だ。観光業に悪影響を与える報道は許さない」と言った。
 英国の処分場選定は、多くの国と同様、迷走している。政府は94年、地元に相談無しに、カンブリア地域を「候補地」に選定した。だが、地元住民の猛反発で、97年に撤回に追い込まれた。これを反省材料に政府は03年、独立の放射性廃棄物管理委員会(CORWM)を設置。3年の検討を経て、地下処分が最適と判断し、地元との対話を重視する答申をまとめた。答申を受け入れた政府は08年6月、地元と協調しながら処分地を決める手順方針を発表した。
 マッケロン委員長(当時)は「英国は核開発着手から50年間、廃棄物の扱いを何も考えてこなかった」と振り返り、英エネルギー・気候変動省の担当者は「フィンランド、スウェーデンがこの方法で成功した。その例に倣う」と打ち明けた。
 来春以降に地表調査に着手。候補地を1カ所に絞り、本格的な地質調査の後に最終判断される。着工は25年、廃棄物の搬入開始は40年を予定するが、着工直前まで自治体に「辞退」の権利も認めた。
 コープランド郡のウッドバンさんは「海外の処分候補地を視察、コンサルタント業者を雇って独自調査も進めている。観光業界や自然公園関係者とも、議論を尽くす」と話した。そして、費用は「政府が負担している」ことも明かした。
 CORWMのピッカード委員長は「観光への影響を恐れて処分場を隠そうとするのはいけない。科学産業史記念館も建設すれば、立派な産業遺産だ」と話した。しかし、施設建設が決まった後でも、この地がピーターラビットの古里として観光客が訪れるかは未知数だ。【セラフィールド(英イングランド北西部)会川晴之】=つづく

2 処分地選定、ドイツ迷走

 ◇岩塩ドーム調査進むが--

 今年もフランスから高レベル放射性廃棄物を詰め込んだ特殊容器「カストル」がドイツの北部ゴアレーベンに運ばれてきた。91年まで高速増殖炉計画を進めたドイツは、プルトニウムを取り出すための核燃料再処理を英仏両国に依頼。その過程で生まれた「核のゴミ」が、毎年11月に列車で輸送される。
 ドイツでは使用済み核燃料収納容器を「ポルックス」と呼ぶ。いずれもギリシャ神話に登場し、双子座で対をなす星だ。原子力用語には神話や宗教に由来する言葉が多い。
 旧東独との国境だったエルベ川を目指し、紅葉真っ盛りの森を走ると、突然、空が開けた。森を切り開いて設置した高レベル放射性廃棄物の中間貯蔵施設、最終処分地建設に向けた調査が進むゴアレーベンの核施設だ。入り口には天を突くかのような二重の鉄条網。ポーランドのアウシュビッツ強制収容所で見た光景と重なる。
核廃棄物最終処分地候補・ゴアレーベンの「岩塩ドーム」内。地層調査が続けられている=2011年11月10日、会川晴之撮影
核廃棄物最終処分地候補・ゴアレーベンの「岩塩ドーム」内。地層調査が続けられている=2011年11月10日、会川晴之撮影
 高速エレベーターで1分44秒。地下840メートルの坑道は、ほんのりと暖かい。幅6メートル、高さ4メートルのかまぼこ状の坑道は、塩の結晶で覆われ、雪の祠(ほこら)にいるような気分だ。
 ドイツ連邦放射線防護庁のニトシュさんによると、この一帯は、2億年前までは海だったが、約1000万年前に隆起し、岩塩ドームが出来た。
 岩塩層は、塩の採掘技術が確立されているほか、200度の高温に耐えられる特性があり、放射性廃棄物の保管に最適だという。北部ドイツには約200カ所の岩塩ドームがあり、核関係者は「自然からの贈り物」と表現する。旧西独時代の70年代後半、地元が誘致したのを契機に、東独との国境「鉄のカーテン」からわずか2キロまで調査が進んだ。
 だが、98年に中道左派の社会民主党と連立政権を組んだ環境派の緑の党が「待った」をかけた。00年から10年間の猶予を設け、他の適地を探したが、見つからなかった。メルケル政権は10年10月、10年ぶりにゴアレーベンでの調査再開を決めた。
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高レベル放射性廃棄物(右)と中レベル放射性廃棄物容器の模型=ドイツ北部ゴアレーベンで2011年11月10日、会川晴之撮影
高レベル放射性廃棄物(右)と中レベル放射性廃棄物容器の模型=ドイツ北部ゴアレーベンで2011年11月10日、会川晴之撮影
 「伯爵」を隣町に訪ねた。300年前からこの地を治める家系のフォン・ベルンシュトルフさん。現在も6000ヘクタールの土地を所有、1割が処分予定地内にあり彼が首を縦に振らないと処分地建設は不可能と言われる。
 「先祖から受け継いだ土地と住民を守る義務が私にはある」「地下水や天然ガス層があるゴアレーベンは地層的に適地ではない」。伯爵は静かな口調ながら「政府は土地の強制収用もできる」との気がかりも口にした。
 伯爵家で、バイオマス技師として働く夫とこの町で暮らす光恵・ディーレさん。福島県浪江町出身で、移住して34年目。実家だけでなく、双葉町に住む妹夫婦も福島第1原発事故で故郷を失った。「第2の故郷が想定外の事故に見舞われなければ良いが」と言った。
 保守系が強い南部ドイツには、「処分適地」とされる花こう岩層や粘土層がある。社民党などの勢力が強い北部ドイツだけで処分場選定を急ぐのは「不公平だ」という政治的な対立もあるのだ。
 22年までの原発全廃を決めたメルケル政権は11月11日、最終処分地選定についても「タブー無しに全土で選定し直す」と表明した。世界5位の原発大国だったドイツの処分地選定は、再び迷路に入り込み、「ポルックス」も落ち着き先を失った。【ゴアレーベン(ドイツ北部)会川晴之】=つづく

3 豪で処分、02年実現寸前

 ◇国際専門家グループ主導

 国際社会が「テロとの戦い」に重心を移した02年。世界の核・原子力保有国や地域の悲願だった、核廃棄物の最終処分場問題が、すべて解決する一歩手前まで来ていた。
 仕掛けたのは、各国の原子力企業やゼネコンなどの出資で活動している専門家組織「パンゲア・グループ」。オーストラリアで国際的な処分場を造るというこの極秘計画は、しかし、豪州のメディアにすっぱ抜かれたことで立ち消えとなった。毎日新聞は、このグループの中核メンバーらとの接触に成功した。
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 2億年以上も前に存在したとされる仮説上の超大陸「パンゲア大陸」の名を冠したこのグループは、英、スイス、カナダなどの核科学者や核廃棄物専門業者が中心となって90年代後半に設立された。
 核ゴミ問題は、原子力推進のアキレスけんだ。問題解決の道筋をつけないと、原発内の使用済み核燃料貯蔵施設が満杯となり、原発は成り立たなくなる。中核メンバー8人が主導するグループの任務は、専門知識や技術をフルに使った処分地探しと候補地での説得工作だった。
グレッグ・バルター氏
グレッグ・バルター氏
 メンバーのグレッグ・バルター氏によると、まず世界中で地質調査を実施。最も安定した地層は、豪州、アルゼンチンとチリの南部、南アフリカとナミビアの国境地帯、中国西部の4カ所だと突き止めた。これらの地域は「パンゲア大陸」の中で近接していたことから、グループの名称が定まった。
 豪州に照準を合わせたのは、「核関連物質をテロリストの手に渡さないため」。豪州は西側諸国の一員で、核拡散の心配がないからだった。
 「建設費60億ドル、年間維持費用4億ドル、直接雇用2000人、間接雇用は6000人、豪州の国内総生産(GDP)を1%押し上げる」「地表部分5平方キロ、地下500メートルに20平方キロのスペースを造り、世界の使用済み核燃料の3割強に当たる7万5000トン分をまず収容する」
 バルター氏らは資料を手に豪州に渡り、極秘裏に働きかけた。候補地は、西欧がすっぽり入る大きさで、最も安定した大地がある西オーストラリア州から南オーストラリア州。「豪州が受け入れを決めれば、世界で原発輸出や再処理ビジネスが拡大する。原子力産業は未来永劫(えいごう)安泰だ」
 しかし、豪州側への根回しをほぼ終えた02年夏、事件は起きた。
チャールス・マコンビ-氏
チャールス・マコンビ-氏
 グループの技術者トップだったスイス在住のチャールス・マコンビー博士によると、何者かによって豪州計画に関する内部ビデオが保管庫から消え、しばらく後、豪州のテレビ局が「豪州に核のゴミを捨てる秘密計画が進んでいる」と特報。豪州世論の反発などを招き、計画は頓挫した。資金源が手を引き、事実上の解散となったグループは「アリウス」と改称。現在は、欧州連合(EU)と連携し、地域の核処分場計画立案を手がける。マコンビー氏は「日本のゼネコンもアリウスに出資している」と明かし、社名を挙げた。
 豪州での処分場計画は、イラク戦争への豪州軍派兵に批判が高まった06年に再び持ち上がった。当時のハワード政権は「処分場ができれば、豪州の安全保障環境が高まり、二度と若者を戦地に派遣しなくてすむ」と強調したが、07年の総選挙で反原発の労働党政権が誕生し、再びついえた。
 ただ、豪州の外交筋は「鉱山会社を中心に計画再開を望む勢力は豪州内に依然多い」と指摘。テロ対策や安全保障上、限られた場所でしか造れない最終処分場は、夢のエネルギーだったプルトニウムが「核のゴミ」となりつつある今、最大の原子力利権としても認識されている。
 日米が主導して極秘裏に進めたモンゴルでの最終処分場計画も、その文脈の中から生まれたものだった。【ロンドン会川晴之】=つづく

4 モンゴルに処分場計画

 ◇中国台頭、米に焦り

 プルトニウムを利用する核燃料サイクル事業の断念が世界的潮流となる中で、核の平和利用において最も厄介な問題であり、最大の利権となった核廃棄物処分場建設。国際的な処分場計画が浮かんでは消えたオーストラリアを尻目に、米国と日本が昨年9月から交渉を進めた先は、地下にウランが豊富に眠る内陸国モンゴルだった。
 米国は核不拡散問題を最も重視し、日本は国家戦略として原発輸出を進めるため使用済み核燃料の引き取り先を国外に探していた。
 モンゴル外務省のオンダラー交渉担当特使(今年9月に辞任)は今年4月、ウランバートルを訪れた記者に建設予定地がゴビ砂漠のウラン鉱山周辺だと明らかにし、モンゴルの狙いについてこう言った。「将来、使用済み核燃料を引き取ることで、モンゴル産核燃料の輸出を優位に進めたい」
ゴビ砂漠に近い地域。モンゴルには豊富なウラン資源が眠るとされ、原発建設構想もある
ゴビ砂漠に近い地域。モンゴルには豊富なウラン資源が眠るとされ、原発建設構想もある
 ウランを使った核燃料製造工場を日米の技術で造り、燃料を輸出、さらに使用済み燃料を引き取る「核燃料リース」方式だ。米エネルギー省のポネマン副長官を筆頭にした米交渉団は、核拡散の懸念を排除するため、使用済み燃料を大量に保有する韓国や台湾のそれらもモンゴルで引き受ける構想をオンダラー氏らに働きかけた。
 さらに、米国側は「日本の青森県六ケ所村に中間貯蔵する核廃棄物を移管すれば、処分地の建設・維持費用確保にメドがつく」とも説明。日本側は否定しているが、当時の交渉過程で米国はモンゴルに対し、日本側から建設資金等が期待できると示唆していた。
 3カ国は今年2月3~4日、米ワシントンで合意文書署名を準備し、日本側からは当時の菅直人政権下で原発輸出促進を担った内閣官房参与の望月晴文・前経産事務次官が渡米。初日の事務レベル会合には、日本の原子炉メーカー・東芝も事業参加を目指して出席した。
 だが、一連の交渉から外されていた日本外務省が「問題点が多すぎる」との理由で署名に「待った」をかけ、3月の東京電力福島第1原発事故で協議は棚上げに。5月に毎日新聞が計画を報じたことでモンゴル国内で反対運動が発生した。9月にモンゴルのエルベグドルジ大統領が「交渉禁止令」を出し、計画は事実上ついえた。
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 「核燃料リース方式」を柱にした処分場利権の行使をにらんでいるのが、10年後には米国に次ぐ「原発大国」となるのが確実視されている中国だ。日本の原子力委員会の尾本彰委員は「中国とロシアがこれからの世界の原発市場を席巻する可能性がある」と指摘した。
 東芝傘下の米ウェスチングハウスは06年、原発輸出契約獲得の見返りに、中国に最新型炉「AP1000」の技術移転をのまされた。中国は、これをもとに国産原発「CPR1000」を開発し、14年から輸出する目標を据える。モンゴル国境に近い甘粛省のゴビ砂漠に高レベル廃棄物最終処分場建設も決めており、ロシアと同様、使用済み核燃料引き取りをエサに原発売り込みを図る素地が整いつつあるのだ。
 さらに、中国は、核兵器開発を進めるパキスタンに旧型原発2基の輸出に合意しており、米国などは核不拡散上の懸念も高める。
 米国務省のストラットフォード部長(核不拡散担当)は3月末の講演で、新興国の台頭で「米国のグリップが低下しつつある」と嘆いた。影響力がある間に韓国や台湾、中東諸国から使用済み核燃料を引き取る場所を確保したい。モンゴル計画には、米国のこうした焦りも色濃くにじんでいた。【ウランバートル会川晴之】=つづく

5止 「夢のエネルギー」プルトニウム

ロバート・ピッカード放射性廃棄物管理委員会(CORWM)委員長 生物学者
ロバート・ピッカード放射性廃棄物管理委員会(CORWM)委員長 生物学者

 ◇想定されなかった廃棄

 「時代は変わった」。高速増殖炉の解体などを監督する英原子力廃止措置機関(NDA)の担当者が11月下旬、ロンドンの事務所で取材に応じた際、大きなため息をついた。「プルトニウムはもう夢のエネルギーではなくなった。私たちは5通りの廃棄法を検討している」と言い、使い道を失った余剰プルトニウムの処分法を書き込んだ一覧表を手に説明を始めた。
 8キロで核兵器が製造可能なプルトニウムは、一定量を超すと臨界事故を起こすため、小分けにして処分する必要がある。現時点では、プルトニウムの割合を0・05%に薄めてセメントと混ぜる方法がある。
 しかし、世界最多の114・8トンもの余剰プルトニウムを抱える英国にとって、これらすべてを小分け処分すれば、廃棄物の総量は20万トンを超える。テロ対策一つとっても、広大な処分場と膨大な追加費用が派生する。
 米国が研究している「カン・インサイド・キャニスター(大筒の中に小筒の意)」という処分法も検討中だ。
 プルトニウムを他の物質と混ぜ、アイスホッケーのパックのような形状に加工した上で長さ約50センチの金属製の小筒に詰める。この筒をより大きなステンレス製の長さ約3メートルの大筒に入れ、隙間(すきま)に、遮蔽(しゃへい)がなければ数秒間で死に至る強い放射線を出す高レベル放射性物質を流し込む。
 テロリストが、大筒からプルトニウムを取りだそうと容器を開けたとたん、即死する仕掛けだという。
 ただ、これらいずれの手法も、コスト面や技術的に未確立な部分が多い。「永遠のエネルギー工場」を急ぐばかりに将来的な解体を前提に建造されなかった高速増殖炉と同様、その燃料プルトニウムも捨てることになるとは想定されなかった。原爆の原料となる物質であるにもかかわらず、これまで廃棄のための技術開発が放置されてきた理由だ。
 「冥土(地獄)の王」という意味のプルトニウムは、毒性が極めて強い。一般人の摂取制限量は100億分の5・6グラム。1グラムで18億人分の摂取制限量に当たる計算だ。半減期が2万4000年と長く、20万年以上も安全に管理する必要がある。
 NDAの担当者は「近く研究を本格化させるが、技術が確立するまで長い歳月が必要だ」と語り、再びため息をついた。英政府は12月に入り、プルトニウム・ウラン混合酸化物(MOX)燃料には使えない一部のプルトニウムを廃棄物として処分することを決めたが、余剰量は130トンまで膨らむ見通しだ。
 再利用の道も険しい。世界原子力協会のジュリアン・ケリー上級研究員は「MOX燃料の値段は、通常のウラン燃料の3割増しから2倍」と指摘する。原発を運用する電力会社は「使用拒否」を明言、英政府が目指す再利用は販路確保という難問に直面しそうだ。「いかに上手にMOXを作り、国際価格にあったものを供給するか」(エネルギー・気候変動省)。失敗すれば、国民負担もどんどん増える。
 核科学者らで構成する「核分裂性物質に関する国際パネル(IPFM)」によると、10年末時点の世界のプルトニウムは、軍事、民生双方をあわせて約500トン。再処理による生産量が消費量を大幅に上回る状態が続いているのだ。
 「地球上の生物が出す廃棄物はすべて再利用できる。だが、人類は、核のような再利用できないゴミを作り出してしまった」
 英政府の独立委員会、放射性廃棄物管理委員会(CORWM)委員長で生物学者のロバート・ピッカード教授が自戒を込めて口にした言葉は、後始末の用意をせずに未来世代に危険と不安を押しつけながら原子力利用を続ける、私たちの傲慢さを言い表している。【ロンドン会川晴之】=おわり


高速増殖炉:英最北の町、閉鎖 解体完了に半世紀 開始30年、燃料棒取り出せず

 12月6日、英本土最北端のドーンレイは、あられが降っていた。氷点下2度。白い波頭が荒々しく砕ける北大西洋から、突風が吹きつけ、肌を刺す。
 「高速増殖炉など核施設の解体が終われば、この地に仕事はなくなる」。世界有数の巨大核複合施設で父親の代から働く広報担当の女性職員、クレア・クロフォードさんが、コートの襟をかき合わせながら言い、空を見上げてつぶやいた。「風力発電にはとてもいい風。再生可能エネルギーの聖地に生まれ変わればいいのに」
 ドーンレイでは、英国政府が1950年代に西側世界で初めて高速増殖炉の建設に着手した。使用済み核燃料の再処理で生まれるプルトニウムを利用する「核燃料サイクル事業」の先進地として、人口約1万人の町の住民の多くを雇用した。
 英エネルギー・気候変動省によると、当時は石油などの化石燃料もすぐに底を突くと予想されていた。ノーベル賞を受賞した科学者らの提案で、政府は「夢のエネルギー産地」として巨額の国費を投じた。建設・運営した施設は、高速増殖炉のほか核燃料再処理施設や核燃料製造工場など計180施設。高速増殖炉は54年に実験炉、66年に原型炉を着工、85年に大型の実証炉の設計に入った。
ドーンレイ核複合施設の遠景。丸いドームは、西側初の高速増殖実験炉。その右隣が原型炉=2011年12月6日、会川晴之撮影
ドーンレイ核複合施設の遠景。丸いドームは、西側初の高速増殖実験炉。その右隣が原型炉=2011年12月6日、会川晴之撮影
 ところが、70年代後半、カナダなどで相次いで巨大ウラン鉱床が見つかり、ウラン価格は1ポンド(約453グラム)当たり、10分の1の10ドル台に急落した。英国沖で北海油田も見つかり、高速増殖炉の経済優位性が薄らいでいく。さらに、95年に日本の「もんじゅ」(原型炉)で起きた事故と同様、冷却剤漏れが頻発する克服困難な問題に直面した。
 英国政府は高速増殖炉計画を断念、94年に原型炉を閉鎖した。今は総額29億ポンド(約3500億円)を投じ、約2000人の技術者たちが施設の解体や放射性廃棄物の処分場建設を進めている。
ドーンレイ核複合施設の高速増殖炉で続く解体作業。防護スーツで身を守る=英原子力廃止措置機関提供
ドーンレイ核複合施設の高速増殖炉で続く解体作業。防護スーツで身を守る=英原子力廃止措置機関提供
 施設の解体終了目標は2039年。だが、「(77年に運転を停止した)実験炉の解体は83年に始まったのに、30年近くたってもまだ、炉心にある核燃料棒すら取り出せていない。順調に進んでも、終了まであと20年はかかる」。解体作業責任者のアレックス・アンダーソンさんが見通した。作業開始から少なくとも半世紀はかかる計算だ。低レベル放射性廃棄物のみ施設内の土中に埋められ、これが人体に「安全」となるのは2300年ごろだ。
 ドーンレイの核施設には今なお、原子炉内の使用済み核燃料を含め、ウランや、原爆の原料となるプルトニウムなど計100トンがある。最終処分場が決まるまで、核不拡散、テロ対策も必要で、広報官の許可により施設内外で撮影した記者の写真について、警備担当官が「近すぎる。消去しろ」と命じてきた。
 核燃料サイクル事業の先駆けとなった英国が、その役割を終わらせる皮肉。画像データを消す手が震えたのは、寒さからではなく、過疎の町が背負った気の遠くなる宿命におののいたからだった。【ドーンレイ(英スコットランド北部)会川晴之】
    ◇
 東京電力福島第1原発事故は10万年以上も管理が必要な核のゴミ問題を人類に思い起こさせた。連載「どうする人類、核のゴミ」(8面に掲載)で世界各地の取り組みを報告する。

 ■ことば

 ◇高速増殖炉

 燃料のプルトニウムについて、消費した量よりも多くの量を生産する原子炉。英国、旧ソ連、米国、フランス、日本などが商業化を目指したが、ドイツは91年、米英は94年に運転を停止、世界最大の実証炉「スーパーフェニックス」を開発した仏も98年に断念した。現在、日本、ロシア、中国、インドが開発を続ける。









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